カテゴリー別アーカイブ: 現在の特別な活動

東日本大震災・支援活動

2013年3月11日の大震災は、山形県南部にも、2分以上続いた大きな揺れと1日の停電によって経験したことのない大事件の発生を予感させました。

停電のおかげで、事の重大さを理解するのに時間がかかり、原発事故の不安と、ガソリンの極端な欠乏の中で、お世話になっていた気仙沼の教会まで出向いたのは4月になってからでした。心ばかりの支援金をお渡しし、泥かきと呼ばれる作業などもかたちばかりで、日帰りで何もお役にたたない状況でした。その教会は、「十字架が残った」といった見出しで新聞に大きく出たり、海外からの支援にも恵まれ、海岸べりの新築の教会が跡形なくなった代わりに、高台に立派な会堂が近く献堂されることになりました。

震災_気仙沼気仙沼南部、何軒かの家は土台のみ

震災_十字架の残った教会も土台と十字架が残りました

震災_気仙沼礼拝室印刷会社の一室が仮の礼拝室

震災_丘の上の教会気仙沼、通称「丘の上の教会」道路のひび割れはたいへんです。
お留守で内部は分かりません。

■ 2014年、福島県いわき市と富岡町

2014年になって、福島県いわき市に開設された「福島第一聖書バプテスト教会・泉のチャペル」にお邪魔する機会が二度ありました。もともと大熊町にあった教会が、現在も帰還困難区域内にあるため、いわき市での再出発となりました。

震災_翼の教会泉のチャペル(翼の教会)

震災_富岡駅常磐線富岡駅付近

震災_立入り禁止区域侵入禁止の向こうが大熊町側

震災_中間貯蔵原発汚染物質は黒い袋で保管?

■ 新しいビジョン
3年以上の時間を経ても、帰還困難や、原発による汚染を心配する家族の状況はそれほど変わっていません。福島で牧師をしている先生は、子どもたちを空気のきれいな地域でリフレッシュする活動を続けています。長井の教会は原発から100kmで決して離れた場所とは言えませんが、計測されている放射線はずっと正常値でした。牧師館や母子室を解放して自由に使っていただくことは可能かもしれません。(役員は賛成でした)

天地創造論について

天地創造ロゴ

2010年、「創造と理科教育・研究会」を教会内に置き、数年のあいだ小冊子の発行などの活動を続けました。15号までの小冊子によって、会が提唱する「創造論の教理」が一貫したものとなりました。そこで本来の目的に向かって進みだすことになりました。

天地創造囲い記事

アダムとエバから今まで、一人ひとりの年齢がつながっていればおよそ6000年の時間が経っています。一方、ビッグバン、太陽系の形成、水の惑星の誕生、プレートテクトニクスなど、科学的手法で明らかにされる宇宙の歴史は百三十七億年とされています。

ある人々は天地創造の記事を神話と呼び、別の人は聖書が語る年数だけが本当だと主張します。聖書が神の言葉であるという時、私たちは、神が科学をはるかに超えた真実を伝えていることを論証する責任があります。

天地創造の課題1
誰が、いつ、どのようにして旧約聖書の冒頭を書いたのか。
聖書の冒頭は「創世記1章」です。「初めに神が天と地を創造された」と書き出されています。1章全体と2章3節までを、ふつうは天地創造の記事と呼びます。

絶対的な意味では、「誰が、いつ、どのようにして」という答えはありません。「モーセが、3500年前に、神から啓示されて」と考えるのが常識的な見解と考えます。

 

詳しくはこちらをごらんください。
大橋不三男・優子のブログ

 

 

 

 

ペルー宣教について

ペルー川崎師2015年12月、日本での宣教報告を終えた川崎淳宣教師夫妻は、
歓送会の翌日ペルーに出発され第4期宣教活動が始まりまりました。

川崎淳宣教師は、1992年~2001年まで長井聖書バプテスト教会の牧師でした。川崎師は、2001年に誕生したCBジャパン(日本の保守バプテスト宣教団体)第一号宣教師としてペルーに派遣されました。前任の田口元吉宣教師が開拓された日秘福音教会(戦前に日本から移民した人達のためのキリスト教会)を引き継いで、奉仕しています。

日系人の住民の要請があれば、周縁の地域への訪問、時にはアマゾン奥地までも訪ねてゆくこともありました。今は、日系人1,2世だけでなく、3世、4世の時代になりつつあります。日本へ出稼ぎを希望する若者が教会に集うこともあるそうです。数年に一度、日本に戻って来られ、各教会を訪問して宣教報告をされています。2015年6月~12月にも日本で宣教報告会をしました。

二人の娘さんたちはペルーのインターナショナル・スクールで英語の授業を受け、現在お二人ともアメリカの大学で学んでいます。

ペルー宣教12015年日秘福音教会の礼拝後の写真

 


◎ペルー雑学
a.プカルパの町の日系人宅(あずまや)訪問
アマゾン川はブラジルの大河ですが、源流域はアンデス山脈ですから、ペルーに最奥地があります。プカルパもそんな町の一つで、リマ市から軽飛行機で行けます。2008年私たちがペルー訪問した時には、田口元吉宣教師の御長女が二代目の宣教師(夫人)となり、道案内をしてくださいました。
ペルー宣教2


b.チンチャの町の私立学校慰問

2006年にペルー南部では大地震があり、レンガなど脆弱な建物は崩壊。あちらこちらに、瓦礫が山のように積まれていました。小さな小学校では教材に困り、川崎先生、ダニエル先生(日秘福音教会現地牧師)など教会の数名が慰問して、たくさんの文具を届けました。
ペルー宣教3


c.リマ市の大統領府

リマ市の中心部は大きな広場、カトリックの大聖堂が立ち並ぶ中で、たくさんの警備員が立つ建物が大統領府です。定まった時間にパレードが行われるのですが、私たちがペルーを訪問した際には、何の前触れもなく中止となりましたが、誰も文句を言わずに解散となりました。
ペルー宣教4