ペルー宣教について

ペルー川崎師2015年12月、日本での宣教報告を終えた川崎淳宣教師夫妻は、
歓送会の翌日ペルーに出発され第4期宣教活動が始まりまりました。

川崎淳宣教師は、1992年~2001年まで長井聖書バプテスト教会の牧師でした。川崎師は、2001年に誕生したCBジャパン(日本の保守バプテスト宣教団体)第一号宣教師としてペルーに派遣されました。前任の田口元吉宣教師が開拓された日秘福音教会(戦前に日本から移民した人達のためのキリスト教会)を引き継いで、奉仕しています。

日系人の住民の要請があれば、周縁の地域への訪問、時にはアマゾン奥地までも訪ねてゆくこともありました。今は、日系人1,2世だけでなく、3世、4世の時代になりつつあります。日本へ出稼ぎを希望する若者が教会に集うこともあるそうです。数年に一度、日本に戻って来られ、各教会を訪問して宣教報告をされています。2015年6月~12月にも日本で宣教報告会をしました。

二人の娘さんたちはペルーのインターナショナル・スクールで英語の授業を受け、現在お二人ともアメリカの大学で学んでいます。

ペルー宣教12015年日秘福音教会の礼拝後の写真

 


◎ペルー雑学
a.プカルパの町の日系人宅(あずまや)訪問
アマゾン川はブラジルの大河ですが、源流域はアンデス山脈ですから、ペルーに最奥地があります。プカルパもそんな町の一つで、リマ市から軽飛行機で行けます。2008年私たちがペルー訪問した時には、田口元吉宣教師の御長女が二代目の宣教師(夫人)となり、道案内をしてくださいました。
ペルー宣教2


b.チンチャの町の私立学校慰問

2006年にペルー南部では大地震があり、レンガなど脆弱な建物は崩壊。あちらこちらに、瓦礫が山のように積まれていました。小さな小学校では教材に困り、川崎先生、ダニエル先生(日秘福音教会現地牧師)など教会の数名が慰問して、たくさんの文具を届けました。
ペルー宣教3


c.リマ市の大統領府

リマ市の中心部は大きな広場、カトリックの大聖堂が立ち並ぶ中で、たくさんの警備員が立つ建物が大統領府です。定まった時間にパレードが行われるのですが、私たちがペルーを訪問した際には、何の前触れもなく中止となりましたが、誰も文句を言わずに解散となりました。
ペルー宣教4

 

 

 

牧師の紹介

牧師

大橋不三男 (おおはし ふみお)

1947年11月14日生まれ、愛知県出身。名古屋大学理学部地球科学科博士課程在学中、1978年に信仰を持つ。
学位を取得した後、1983年日本バプテスト聖書神学校に入学。1986年同神学校卒業と同時に愛知県尾張旭市にて開拓伝道を始める。
10年後に高校理科講師という立場と、聖書の語る天地創造の記事の見かけ上のギャップに悩み、伝道師を辞任。妻の実家のある山形県長井市に転居。高校理科講師の働きを再開、さらに聖書教理を再点検して2002年から長井聖書バプテスト教会牧師に就任。特に、前牧師で、2001年よりペルー宣教のお働きを開始された川崎淳宣教の支援会、また、自然科学と天地創造の記事の調和を信じての文書活動、微力ながら東日本大震災の支援活動に取り組んでいる。2人の息子たちは成人となり独立し、キリスト教主義の施設などに就職している。

 

 

 

教会堂のご紹介

長井教会・会堂長井に聖書バプテスト教会という名の教会が開設されたのは1962年です。
それ以前から米沢で宣教をされていたベニー・ベンソン先生ご家族が、今の場所に住居兼礼拝所を建てされ9月から礼拝、教会学校が始まりましした。
現在までに60名のバプテスマと25名の転入会者が与えられましたが、若者の流出も大きく、現財の教会員は18名です。
今の教会堂は、それ以前から大工のお仕事をされていた高橋善夫兄がリーダーとなって1985年に完成したものです。礼拝室は2階ですが、御高齢や足の不自由な方などもおられるため、1階でも礼拝をすることが増えています。

看板の手前から、全景看板の手前から、全景 道路沿いの案内板道路沿いの案内板 入り口付近入り口付近
礼拝堂全景礼拝室全景 礼拝室出口側道路沿いの案内板 バプテスマ漕バプテスマ漕
バプテスマ漕とオルガンバプテスマ漕とオルガン 1階の食堂(第2礼拝室)1階の食堂(第2礼拝室)
ペルー宣教ペルー宣教 教会脇は牧師館です教会脇は牧師館です

 

 

 

保守バプテスト同盟・山形福音伝道隊・福音派の教会